種族値の分布を可視化する

ポケットモンスター本編シリーズにおいて、それぞれのポケモンのステータスは、ファンダムで一般に「種族値」「個体値」「努力値」と呼ばれる隠しパラメタと、ポケモンの「せいかく」によって決定づけられます。なかでも各ポケモン種族ごとに設定されている「種族値」は、タイプとともにそのポケモンの対戦における性能を決定づける重要なパラメタです。各ポケモン種族値とそのランキング表は攻略サイト等で確認できますが、ここではこうげき・ぼうぎょ等6つのステータスに対応する種族値を別々に比較するのではなく、その関係性を多変量解析で可視化することで、種族値配分のデザインの傾向を明らかにすることを目指します(なお、類似の解析を試みた記事は過去にもいくつか存在しますが、解析ツールのデモとしての性格が強かったり、データが古かったりとあまり満足の行くものではなかったため、自分でやり直してみることにしました)。

使用するデータとツール

最新作スカーレット・バイオレットの「パルデア図鑑」に記載されている約400体のポケモン種族値を対象にしました。データはこちらのページを参考にしました。解析とデータ可視化にはnumpy・sklearn・matplotlibを利用しました。

種族値のしくみと範囲

ポケモンの6つのステータス(HP・こうげき・ぼうぎょ・とくこう・とくぼう・すばやさ)にはそれぞれ種族値と呼ばれるパラメタが設定されており、対人戦で用いられるレベル50のポケモンの実際の(ゲーム中で表示される)ステータスは、育て方等に応じて、

の値を取ります。

対戦で主に用いられる最終進化系のポケモンでは、6ステータスの種族値の合計はおおよそ450から600の範囲に収まっており、また各ステータスの種族値は、100以上だと高く、70以下だと低いというのがおおよそ一般的な感覚だと思います。対戦で用いられない進化前のポケモンには、合計種族値が200・300台のものが多く、また通常対戦では使用が禁止されている伝説のポケモンの合計種族値は600台後半から700代前半に設定されています。

なお、以下ではファンダムで一般的なステータス名の略称(H:HP、A:こうげき、B:ぼうぎょ、C:とくこう、D:とくぼう、S:すばやさ)を使用します。

種族値種族値配分の相関関係

まずはじめに、各種族値間の相関係数を計算しました(下図左)。この結果、前処理をしない状態ではすべてのステータスの種族値が正に相関することがわかりました。進化をするほとんどのポケモンで、進化によってすべてのステータスの種族値が高くなることを考えれば、これは当然の結果と言えます。

続いて、それぞれのポケモンの6つのステータスの種族値を、合計種族値で割った「種族値配分」の相関係数を計算すると(下図右)、こうげき(A)とぼうぎょ(B)、とくこう(C)ととくぼう(D)のペアだけが正に相関し、それ以外のステータス(とくにAとD、SとH・B・Dなど)は負に相関することがわかりました。このことから、例えば:

  • 攻守ともにもっぱら物理か特殊のどちらか一方に強みを持ったデザインのポケモンが多い
  • すばやさの高いポケモンは耐久力が低い

といった傾向を見て取ることができます。

主成分分析でステータス配分の軸を見つけ出す

つづいて、主成分分析(PCA)を用いて、種族値の分布の可視化を行いました。主成分分析とは、多次元データのばらつきを最もよく説明できる「軸」を、元の変数(ここでは6つのステータスの種族値)の組み合わせとして求める手法です。パルデア図鑑約400体から抽出された6つの軸(主成分)は、次図のようになりました:

これらを特に寄与の大きいステータスだけかいつまんで定性的に要約すると、次のようになります。

  • 第1主成分:全種族値の合計
  • 第2主成分:(C+S) - (H+A+B)
  • 第3主成分:(H+C+D) - (A+S)
  • 第4主成分:H - B
  • 第5主成分:(B+D) - (A+C)
  • 第6主成分:B - (A+D)

さらに各主成分の寄与率(それぞれの軸がデータのばらつきの何割を説明できるか)を可視化すると、第1主成分がデータの4割強、第2から第4主成分が1から2割、第5・第6主成分がそれぞれ5%程度を説明できることがわかりました。

以下では、それぞれの主成分軸上におけるポケモンの分布を可視化し、各軸が対戦の文脈で持つ意味を考えます。

第1主成分:合計種族値

上図はパルデア図鑑の全ポケモンを第1・第2主成分軸上にプロットしたものです(種族名は見やすさのためランダムに一部だけを表示しています)。横軸の第1主成分は合計種族値にほぼ対応するため、横軸右端にはコライドン・ミライドン(合計670)などをはじめとする強力なポケモンが、左端にはコイキング・ユキハミ(それぞれ合計200・185)などが位置しているのが見て取れます。データ点の色分けはK-Means法によるクラスタリングの結果を示しており*1、合計種族値およそ400以下の未進化ポケモンが一つの大きなクラスタを形成しているのがわかります(他のクラスタに関しては後述)。なお同じ散布図を合計種族値でカラーリングしたものが下図になります。

 

第2・第3主成分:攻守の役割が明確なポケモン

第1主成分が合計種族値を表現しているので、第2主成分以降は種族値の配分を表現していると言えます。下図は第2・第3主成分軸上にすべてのポケモンをプロットしたものです。以下、種族名はグラフの中心から遠い上位のものだけを表示しています。

まず、おおよそ(C+S) - (H+A+B)で表される第2主成分の上位(グラフ右側)には、ゲンガー・サンダース・エーフィに代表される高速・低耐久の特殊アタッカーが位置しているのがわかります。その対極(グラフ左側)には、物理の火力と耐久値が高くかつ鈍足の、いわゆる「物理受け」として運用されることの多いポケモンクレベース・ヘイラッシャ・キョジオーン)が位置しています。よって第2主成分は、「特殊アタッカー/物理受け」の軸と考えることができそうです。

続いて、おおよそ(H+C+D) - (A+S)で表される第3主成分軸の上位(グラフ上側)には、ヤドキングニンフィアのような特殊火力と耐久に優れた鈍足のポケモンが、下位(グラフ下側)にはダグトリオマニューラのような高速・低耐久の物理アタッカーが位置しているのが見て取れます。つまり、第3主成分は「特殊受け/物理アタッカー」の軸に対応していると言えるでしょう。

またデータ点の色に着目すると、前述の未進化クラスタ(青)と、ラッキー・ハピナスだけからなるクラスタ(茶)を除く残り4つのK-Meansクラスタが、第2・第3主成分平面上の東西南北にそれぞれ位置し、それぞれ特殊アタッカー(赤)・物理アタッカー(緑)・物理受け(オレンジ)・特殊受け(紫)に対応していることがわかります。総じて、第2・第3主成分平面で中央から遠くに位置しているポケモンには、物理・特殊どちらかのアタッカー・受けとしての役割が明確で、対戦で活躍させやすいキャラクターが多いと言えると思います。

なお、第2・第3主成分平面上でのデータ点を各ステータスの種族値で色分けすると(下図)、アタッカーの集まる南東に向かってS、受けポケモンの集まる北西に向かってH、物理ポケモンの集まる南西に向かってA、特殊ポケモンの集まる北東に向かってCの値が高くなっていくのをきれいに見てとることができます。

第4主成分:極端なHPステータス

第4主成分(上図横軸)は、おおむねHとBの差に対応します。この図でまず目につくのが、縦横両軸で外れ値となっているラッキーとハピナスです。ラッキーとハピナスは、極端に高いHP種族値と(ラッキー250、ハピナス255)、極端に低いぼうぎょとこうげき種族値(A・Bともにラッキーは5、ハピナスは10)という、他のポケモンの分布から大きく外れたステータスを3つも持つため、これらを表現するのに複数の軸が必要になっていると考えられます。第4主成分の次点には、プクリン・フワライド・ハルクジラといった、HPとぼうぎょの種族値に100近い差を持つポケモンが位置しています。逆に、第4主成分の負の極端には、ドヒドイデパルシェンのようなぼうぎょがHPに比べて100近く高いポケモンが位置しているのが見えます。

ちなみに、実際の対戦におけるポケモンの(物理方面の)耐久性能は、HとBの実際のステータス(実数値)の積によって決まるので、HとBの実数値の和が一定であれば、両者は近ければ近いほど耐久性能は高くなるといえますが、冒頭で述べた通り、B実数値に比べてH実数値には種族値から大きい「ゲタ」が履かされるため、B種族値が高くH種族値が低い第4主成分下位のポケモンのほうがHとBの実数値が近くなりやすく、高い物理耐久を持っていると言えます。

第5・第6主成分:両受け・両刀と「たすき掛け」

合わせてデータのばらつきの残り1割程度を説明する第5・第6主成分は、第2・第3主成分で表現される物理・特殊どちらか一方のアタッカー・受けという役割に当てはまらない、いわば「変わり者」を表現するための軸と言えます。

第5主成分(上図横軸)は2つの防御側種族値(BとD)の和と、2つの攻撃側種族値(AとC)の和との差に対応します。したがって、第5主成分上位(グラフ右側)にはドヒドイデブラッキーなど、低火力ながら物理・特殊両方の耐久が高いいわゆる「両受け形」のポケモンが位置し、逆に下位(グラフ左側)には、ノクタスバクーダドンカラスなど、物理・特集両方の火力が高い「両刀形」のポケモンが位置しています。あらゆるポケモンは物理・特殊の攻撃を受ける機会があるため、耐久ステータス面で明確な弱点のない「両受け」ポケモンには(ドヒドイデブラッキーをはじめ)対戦で頻繁に用いられるものが多い一方、「両刀」的種族値配分のポケモンには、物理・特殊どちらか一方にステータスを集中させた方が火力が出る反面、それでは使わない方の攻撃側種族値が無駄になってしまう(逆に両方の攻撃側種族値にステータスを振ると今度はすばやさや耐久が犠牲になりすぎる)といった問題から、対戦で用いられるものは少なくなっています。

最後の第6主成分(上図縦軸)は、おおむねBと(A+D)の差に対応します。上述の通り、物理の攻守(AとB)および特殊の攻守(CとD)の配分は正の相関を持ちますが、第6主成分はこのパターンから外れた「たすき掛け」的な配分を持ったポケモンを表現しています。第6主成分下位(グラフ下側)にはAとDが高いポケモン(ブースター・ヌメルゴンエルレイド)が、上位(グラフ上側)には、BとCが高いテツノツツミ(および極端にBの高いパルシェン・イシヘンジン・ミミズズなど)が位置しています。物理と特殊の内部で攻守が正に相関するという全体的なパターンを考えると、物理火力の高い特殊受け・特殊火力の高い物理受けは(ステータス面だけを見れば)相手に有利を取りやすいと言えそうですが、これらの「たすき掛け」ポケモン(とくにAとDの高いポケモン)の使用率がそれほど高くないのはやや意外かもしれません。

特定ポケモン系列の可視化

最後に、特に対戦での性能との関係が深そうな第2・第3主成分平面上で、いくつかの特定のグループのポケモンの位置関係を可視化してみることにしました。

イーブイとその進化系

イーブイの8つの進化系の種族値は、60/65/65/90/110/130を入れ替えることでデザインされています。このうち、C・D・Sの高いサンダース・エーフィが「特殊アタッカー」のクラスタ(赤)に、B・Aの順に高いリーフィアが物理受けのクラスタ(オレンジ)に、またAとDが高い「たすき掛け」のブースターが図中央に、そしてそれ以外が特殊受け(低速特殊)のクラスタ(紫)に位置しています。特に対戦で弱いとネタにされがちなブースターがイーブイと並んでいるのが面白いですね。

パラドックスポケモン

スカーレット・バイオレットの目玉要素の一つとして新たに投入された古代・未来のポケモン群で、いずれも合計種族値が570(ないし590)と高めに設定されています。高速特殊アタッカーのハバタクカミ、鈍足物理高耐久高火力のテツノカイナが特に第2主成分で極端な位置にあるのがわかります。両受け的なサケブシッポや、ADたすき掛けのチヲハウハネ・トドロクツキは第2主成分(特殊アタッカー/物理受け)軸では中央に位置しています。第3主成分(物理アタッカー/特殊受け)軸のばらつきが控えめなのも特徴的ですね。

さいやくポケモン

スカーレット・バイオレットで登場したいわゆる「準伝説」枠の4体は、それぞれ特殊アタッカー・物理アタッカー・物理受け・特殊受けの極に位置するよう意図的にデザインされているのがよくわかります。彼らはそれぞれさらに自分の役割を伸ばすような形で相手の能力(たとえば物理アタッカーのパオジアンであればぼうぎょ)を下げる専用の特性を持っているため、実質的には東西南北のさらに極端な所に位置していると考えることもできるでしょう。

おわりに

今回の分析で、対戦で標準的なポケモンの役割から種族値の分布をうまく説明できるというのが見えたのは非常に面白かったです。対戦におけるそれぞれのポケモンの強さはわざやタイプ、特性に大きく左右されるため、これらの可視化が直接対戦に役立つかというと微妙ですが、同時にタイプをテラスタルで変更することが可能になった最新作では素のステータス配分の重要性が増しているというのもおそらく真実であり、新たな育成対象を自力で発掘する一助くらいにはなるのかもしれないと思いました。

今回は見やすさなどを重視して分析対象をパルデア図鑑に限定しましたが、1000体強の全ポケモンを対象にした場合に主成分の順序が変動したりするかは見てみても面白そうです。またポケモン種族値配分は世代を重ねるごとに役割を意識した(”尖った”)ものになってきているという印象もあるので、そのあたりもそのうち定量的に比較できればと思っています。

 

 

 

 

 

 

*1:K-Means法のクラスタ数は6に設定してあります。K-Meansは確率的な手法のため、初期状態によっては必ずしも毎回図のようなクラスタ分けが生じるとは限りません。